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2012年11月11日 - 2012年11月17日

方言の宿題

 まあなんていうかコテゴリーとしてはライラックではないのですが過去の色々なものを集めたりしている内に入手した方言集・・・

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こんな風に本と一緒にソノシートなる簡易レコードが付いていて抜粋された会話が収録されている・・・

先の大戦の終了後のまだ1950年にならないうちにモーターリゼネーションとか言うイワユル文化的生活に押されて消えていく日本各地の方言を集めて記録をするという発案のもとに日本放送協会さんが考えて色んな識者の意見を参考に実行に移したものの結果がこの方言集・第1巻北海道から当時占領下だった沖縄までの第11巻である。

なんでこう言うものが残っていて、ひよっこりとか南総なんかのカラーテープが無くなるのか良くわからん?

集録目的につき簡単に言うと道が出来る事で多方面に対し出入りが多くなる、そこの言葉が乱れる、という事で外来種が増える訳でその前にオリジナルのものを残そうと言う行動・・・ここで少しライラックに近づいたかしら?

当時の国学者で第一人者だった柳田國男氏は残念ではあるが本当の意味で行うならば30年の遅きに失する等の意見を出したが私なんかが大正末期とかだったらとか今思うととても録音とかがまともに出来ないだろうしこの様に本にされて一般人まで利用が可能である事を思うと・・・

Photo_4画像は柳田大先生であります。

まあ昭和20年代から30年代は最後の機会であろうとこのまま辞めるよりは行うべしと言った柳田氏に感謝であります。

編集にあたっては金田一春彦氏や柴田武氏を始め当代一流のスタッフにて行われたのでした。

興味深いのは先年大きな被害の出た宮城方面の方の子供の頃の地震の話(明治29年の津波の話)などが語られていたりする事や自然への恐れと言うのかやはりテーマとして洪水や地震の話が多い。

またキツネにバカされたとか幽霊の話などを大真面目に語っていたりする。

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幽霊の話は河童と相撲とか鬼の住んだ穴とか全巻中に結構出てくるが残念ながら11枚のソノシートのには録音はされていない、余り現実的でないと判断されたのかもしれないが収録会話はその地域の当時の産業や過去からの流れに加え実際に会話をされた方達の実名が載っている。

今だと難しい作業だと思うが上手く伝われば私の祖父・祖母だ!と言う場面も想像出来るので出来るだけ早く各地役場なんかに趣向を持って伝え老人会なんかで聞いて貰いたい気持ちもある。

ただ思い切り公開はその地域に秘密結社があるとか本土のイタコに相当する老婆が村の神事を司りその一切は不明であるとか・・・貴方今無理でしょ。

でも一部にはその様に言われていたが集録班が帰る頃には村の外れの小高い丘の上で老婦人達がそこにしかない踊りをして見えなくなるまでいつまでも踊って別れを惜しんでくれたとか書かれている所もあり、頭の中の夕焼けの照る岡の景色が浮かんだりする。

123関係ないけど火の見櫓

熊狩りで襲われて亡くなられた人の話などを良く聞いていると熊に襲われた人(亡くなって庭先に放置)がいて皆で鉄砲を持ちして山に捜索に行くとどうも・・

熊というものは現場に戻るらしくワーワー言ってると今度は後ろからぐるり回って(第一現場)襲われるらしい。

骨も筋も無くなって手がぶらぶらとかの生存者の話など聞いてるとあちこち痛くなる。

四国ではエエオンチャン(いいおじさん・いい加減なオヤジ)の意味らしいが1956年当時の老人が子供の頃に洋行帰りのこのエエオンチャンがあちらの国では仕事の時に靴を履きよると聞き(なんといい加減な事を言う大人と思ったが今思うと本当だったが当時は信じられなかったとか伝えている)

私など夢多きエエオンチャンはこの事に一寸待てよ!その時代にその様な田舎からアメリカ行ける人って一体?しかも四国?何か関係あるのかな~維新の人達とか空想の世界へ行ったり来たリする。

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そんな本を近くの学校の先生用にソノシートをCD化して文章をコピー(文章が無いと何を言っているのかさっぱりわからん地域があり、特に九州、沖縄方面だとさっぱり???)

大戦末期にこの地域の出身者が通信兵となりそれがアメリカ連合軍に解読された時は戦争が終わっていた!と言うのはそりゃそうだろうと思う。

興味深い最後の江戸弁の集録や京都の奉公で店の主人が庭のホウのキの葉の裏まで小僧に拭かせた話とかキツイわ!

無医村の話、電気がついた!家の灯りは豆ランプ・・・そう言う時代なら今、問題の原発廃止も早いですが・・・逆に頼らずに良い暮らしがしたい・・・代替案はなく今スグに!・・・一寸無理ですわ・・今スグは。

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画像はこんな風にCD化していると言う事です。

面白いのは今の若い者達は!を言う年寄りのセリフだがその当時の老人達が結構口にしている、特に食べ物についてだが・・・

その当時の若い者達は現在既に他界されていて、当時の集録に協力された方達の孫世代が現在の70前後の方達であろう。

兎に角、相当に食べ物が悪く・・・無くて牛も食わんものを食べたとか豚も食わんものを食べたとか言われている。

私自身の話で馬の世話をした時にフスマ?なるものをあげる様に言われ用意されたものを馬に与えるとそりゃバクバク食べるんでどんなもんかいな?と口にした事があるがパサパサして美味くも何ともないものだった、馬なのに・・

美味くはなかった!・・・どうでしょう?旨い?

現在のお年寄り世代が良く口にする今の若い者達はと言うのが自分には実に興味深く、このセリフ今の若い者達は・・・と言うのはいつの時代でも年寄り達の決まり文句なのかも知れないし、そのセリフを言う世代になったら・・・かも知れない。

この録音聞いちゃってると昔は食べ物を大事にしてそりゃ今の若い人は!とやられる時に笑いさえ込み上げてきます。

機械化された農業の話でそんなものと思っていたがやってみると楽だし沢山出来ると主人に対し若者の肩を持つ老婦人とかいつの時代も母は良き理解者なのであろうか?

この頃は近代化農業というのが結構話題になっていたと思われ上の画像にある様な農業と暮らしは変わる!といった様な農家向けの本なんかにも色々と紹介されている。

随分昔親戚の農家に行った時に読むものがなく、日の当たるボコボコした黒い色をした土間でこんな本を読んだ記憶がある。

農作機についてはただ今度はその機械に使われている自分に気がつく!昔は所謂やりきり仕舞いでもっとゆとり(時間に)がとその当時に言われているし機械化するにあたりかかるお金(借金)への不満もある、裕福に見えて結局使われる羽目になるのでした。

ダンプカーなんかも人より運ぶにはより良いクルマそれは借金で・・・結局暮らしは良くならん!と自分が20の頃に転職者が多かったこの業種に移る若者に親方達が良く話していた・・・

寒村では陣取りゲームの様に村の一角に皆で走りして入りきれない者は容赦なく口減らしの対象となった・・・(村の紹介で録音当時、既に過去の話、多分に江戸時代)、妊婦が崖を飛ぶとか・・・食べ物に関しては悲惨な伝えも多くある。

前述の習わしが今の・・既に昔か?(子供の頃の神社なんかでの遊び)がこう言う所からの発祥であるとしたら・・・

そこにしかない厳しいシキタリや習わしなどが興味深く、本の監修者の御一人である金田一さんと言う名前に又このオジサンの夢が広がるとすると遊びに行った折に聞いた前述の話などをヒントにしてその友人であった横溝さんが小説書かれたかしら?と思ったりする。

それで過疎地のおどろおどろしい事件に挑戦する登場人物の名前を友人の父の名をもじり金田一耕介とするのである、その様に考えると良く言われている友人の金田一春彦さんの父、京介さんの名をもじりとした理由が理解出来る

気がする・・・・気がするだけ!

集録地域が山や海と行った厳しい場所ではその為なのかスマシテないと言うか出演者の男女が仲が良い!同権といった感じで男女二人とも俺がという感じで同じ境遇を生き抜いた戦友の様な感じで話をしているが、そう言う場合は大抵女性がリーダーシップを取っての会話の様だ、明るいのです。

ヤモメ同士の話が首都周辺県のある所を集録地として行われているが良く聞くと・・どうもこの会話の中の男女はまだ若い頃に他の人達が後家同士どうだ?と話を持って行き、どうもお互い悪い気はしなかったが・・・・・子供の事や亡くなった連れ合いへの義理立てとかで一緒にはなれなかったらしいが集録の中ではついつい本音の様なものが出て・・・

聞く側として人は優しいものだなと思い、また上手く伝わるか気持ちを残せるか?は別としてその有効な手段はやはり言葉なのでありましょう。

ともあれ集録班の方々の電気が無い様な所で発電機を担いでの集録作業・小舟で何時間も掛かり何々港と名前こそあれ着岸不可という様な離れ小島でのお仕事は大変な苦労であったろうと思います。

機会があれば北から南へと下り今少し掘り下げて1950年代半ば(昭和30年前後)に70代であった方々のこの国の思い出話を紹介をしたいと考えて居ります。

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仕方ねぇなあ1年経っちゃった!第37回の報告

 いつもの如く都筑海岸で行われるかと思いきや!会長のお膝元というか

自宅下にある神社で行われた第37回の友の会ミーティング!

さて最高顧問の元技術者2名様はお元気で何より・・・気になったのは

ライラック最後の社員と言うK様の御姿が??まあ元気だろう。

私は取ったりつけたりばらしたりの連続でタイヤ外寸で24インチのLCⅢをCL125の17インチリム金が無いので適当に倉庫兼ごみ小屋から16インチのCD125のスポークを引っ張り出し取り付けて・・・加工しなくても付いたんだわ!これが・・・

2411_013付けたり外したりで疲れたわ!でもなんとなくフロント周りの作りを頭に叩き込んで完成!

実際外付けの24インチタイヤは現世では無いからまあこれで安心、今後はタイヤのイイ奴をチョイスしてあげましょう。

取り敢えず今回はブロックパターンのオフロード仕様のもの。

それでもハブはそのまま使用しているのでLCⅢらしさは失われてはいません。

2411_019出るのは朝早く出ましたが舘山寺付近を軽く走行して現場近くのコンビニに駐車場で休憩。

しばらくすると静岡の会員さんが目の前をエンジメタリックのGWで南方向へ!

あらら、道しらんのかしらと思っていると10分程して帰ってきました。

10時を超えたので私も出陣!

現場はお社の駐車場と公民館!そこにあったのはお珍しやのライラック達

2411_034

 綺麗でしょこの車両、オーナー様の愛情が感じられる1台です。

この125CCの車両で商売してお父さんが一家を支えた時代も有って、そこらへんの詳しいお話は又いずれ・・・・

取りあえず初めて拝見いたしました、と言うか私個人30年ぶり位でしょうか?

開発者の意気込みが現在に伝わる感じですね。

2411_035 反対側からのショットとなります、奥にちょこっと

映っているのはニューベビーの試作品の様ですが過去にMC誌のライラック特集などにも顔出してます。

もう少ししっかり写せば良かったかもね!

でもどうしてもいつもその時は忘れて後で思うのね!

2411_036
なんなんでしょう?この車両は?

私などにはさっぱりですが・・・

年代物です。

凄いですね~。

同じ赤でも赤が違うんですね、時代の色なんですね。

隣はLS38でその前はM先生とお付きの方、現在でもM先生は現役社長とその社員のお二人です。

2411_044今回のK御大車両は黄色いマークの北川ライナー号ですいつもながらスラバシイ出来です。

わずかに残った部品から蘇らせる技術は凄いものです。

変な言い方だけど本物でないのが凄いんです。

2411_041_2左は最近浪速オヤジが得意とするツバサ号ですが・・・

長いです、長いこの頃の車両は私のR92もそうだけどでかいと言うより長いんです。

2411_055

長いでしょ、やっぱり。

 

 

2411_039_2 あ~長生きはせにゃいかん!同郷らしい二人!

 

 

感慨深く車両を眺め当時の思い出を語ります。

 

この毛皮のシート(ボロ隠し)がいいですね。

 

兎に角、長い!

 

 画像も縦に長くて書きづらい、見づらい・・・

 

携帯画像はイヤ!

 

この日は暑くて暑くて、熱田神宮かと思いましたけど確か津島神社でした。

 

でかい椎の木がありましたね。

 

 

 

2411_045_2 

 

それでライラックから何からが並ぶ訳です。

 

私のは未だ発展途上の為に画像奥の小屋の横に置きまして・・・

 

 

 

2411_043
外では車両を眺めてはああだこうだと話がはずみます。

 

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 会場の中では当時の資料を文系の方々がそりゃ熱心に話をしたり、写真とったり・・当時の話を聞いたり。

 

走りたい方々は浜名湖弁天島方面に走りだして行きます、道案内を頼まれましたが時速50危ないLCⅢではマフラーも痛んでるし・・

 

ただ後でマフラーでなくエンジン横のキャブの吸い込み音とかの原因と・・・これもサイドカバーが無いせいでしょうか?

 

 

2411_057

 

 

 

 

 

会長が一寸ばかり近所の方に注文受けたりcoldsweats01

 

このあたりは次回は改善出来る様に致しましょう。

 

 

それにしても長い、携帯画像は辛い!あーカメラ買いたい!

 

次回は特撮班とかになってデジカメ付きカメラで

 

 

上空から走行の様子とかやりたいです。

 

 

 

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 それで泊まる事無く早めに帰宅!翌日雨だと言うので壊れていた小屋のビニールトタンを張り替えたりして夕方暗くなりました・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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